キダタロー

キダタローさんが亡くなりました。私はキダタローさんの大ファンなのですが、子供の頃に彼を知ったとき最初はその風貌と軽妙洒脱な語り口からボードビリアンと思ってました。

でも作曲家なんですね。自称「浪速のモーツァルト」とおっしゃってますが、私はモーツァルト以上の作曲家と思ってますよ。(などと言ったらモーツァルトファンに袋叩きにあいそう^^;;;;;)

私がキダタローファンとしての想いがますます強くなったは彼のラジオ番組「フレッシュ9時半!キダタローです」のテーマ曲にまつわるエピソードを知った時・・・

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後述しますが「スタッフはキダタロー自身にテーマ曲を作曲するよう勧めたが、彼は『自分には作れない』としてこの曲を提案し、採用された」とのこと。

私はてっきりこのテーマ曲は彼自身が作曲したものと思ってました。

しかしそうではないことを知ったのが何時ごろかの記憶は曖昧なのですが、エピソードを知ってそれまで以上に彼が大好きになりました。

キダタローの生涯

幼少期と教育

キダタロー(本名:木田太良)は1930年12月6日、兵庫県宝塚市に生まれました。幼少期から音楽に興味を持ち、関西学院中学部・高等部を経て関西学院大学に進学しましたが、途中で中退し音楽の道に進みました。

初期の音楽活動

高校時代、キダはアコーディオンを担当するバンドを結成し、ダンスパーティーなどで演奏しました。その後、ピアノに転向し、18歳で初めて作曲を行いました。20代前半には「義則忠夫とキャスバオーケストラ」のピアニストとして活動し、本格的に作曲活動を始めました。

作曲家としての成功

キダタローは、1964年に「ふるさとのはなしをしよう」でレコードデビューし、その後数多くのテレビ番組やCMの楽曲を手掛けるようになりました。彼の作品数は非常に多く、一時期は1日40曲を作曲することもあったと言います。

浪花のモーツァルト

「浪花のモーツァルト」という異名は、1989年に出演したテレビ番組『探偵!ナイトスクープ』でのエピソードから生まれました。キダが作曲した楽曲がモーツァルトの曲と繋がることが判明し、この異名が定着しました。

晩年と影響

キダタローは、その生涯で5000曲以上の楽曲を生み出し、関西を中心に多くのアーティストを育てました。彼の影響力は音楽業界に留まらず、多くの人々に愛される存在となりました。2024年5月14日に93歳で亡くなりましたが、その音楽と功績は永遠に語り継がれます。

キダタローの人生は、常に音楽と共にあり、多くの人々に影響を与え続けました。彼の楽曲は今もなお、多くの人々に親しまれています。

キダタローの楽曲

キダタローは、その多彩な音楽活動を通じて数多くの楽曲を作曲しました。彼の作品は、テレビ番組、CM、映画音楽など幅広いジャンルに及びます。

代表的な楽曲

テレビ番組のテーマ曲

キダタローは多くのテレビ番組のテーマ曲を手掛けました。その中でも特に有名なのが以下の作品です。

  • 『プロポーズ大作戦』:この楽曲は、同名のテレビ番組のオープニングテーマとして使用されました。
  • 『バラエティー生活笑百科』:この番組のために、依頼されてもいないのに歌詞を付けた楽曲が採用されたエピソードも有名です。
  • 『探偵!ナイトスクープ』:この番組で「浪花のモーツァルト」として知られるようになりました。
CMソング

キダタローは多くの企業CMソングも作曲しています。

  • 「雪ちゃんの唄」:この曲は「日本海みそ」のCMソングとして知られています。
  • 「花の定期便」:笑福亭仁鶴が歌うこの楽曲は、長距離ドライバーに捧げられた曲として人気があります。
その他の楽曲

その他にも、キダタローの作品はさまざまなジャンルで愛されています。

  • 『ふるさとのはなしをしよう』:この曲は彼のレコードデビュー作であり、北原謙二が歌いました。
  • 『平成古寺巡礼』:NHK-BS2で放送されていた同名番組のテーマ曲で、美しいメロディーが特徴です。

キダタローの影響

キダタローは、五木ひろし、八代亜紀、天童よしみ、やしきたかじんなど、多くのアーティストと仕事をし、その成功に貢献しました。彼の楽曲は、関西を中心に多くの人々に愛され、今なお親しまれています。

キダタローの楽曲は、その多様性と親しみやすさから、幅広い世代にわたって愛されています。彼の音楽は、これからも多くの人々に影響を与え続けるでしょう。

キダタローの人間性

音楽家としての誠実さ

キダタローは、音楽家として非常に誠実な人物でした。彼は「メロディーだけなら猫でも作れる」と語るほど、自身の作曲活動を謙虚に捉えていました。しかし、実際には一週間で40曲以上を作曲することもあり、その創作力と仕事に対する真摯な姿勢が伺えます。

家族愛と友情

キダタローは家族愛に満ちた人物でした。特に、兄の影響で音楽に目覚めたことや、家族とのエピソードを多く語っています。また、大学時代の「悪友」であった俳優の藤岡琢也との友情も深く、彼とのバンド活動を楽しんでいたことが知られています。

ユーモアと親しみやすさ

彼の人間性を語る上で欠かせないのが、ユーモアと親しみやすさです。「浪花のモーツァルト」という異名を持つキダタローは、関西のテレビ番組『探偵!ナイトスクープ』で「最高顧問」を自称し、その独特のキャラクターと笑いを提供しました。彼の明るい性格は、視聴者や同僚に愛されました。

多才な活動

キダタローは、音楽家としての活動にとどまらず、タレントやラジオパーソナリティとしても活躍しました。テレビやラジオでのパフォーマンスは、彼の多才さを示しています。音楽だけでなく、様々なメディアでの活動を通じて多くの人々に影響を与えました。

努力と情熱

彼の成功の背後には、並々ならぬ努力と情熱がありました。アコーディオンからピアノに転向した際も、その新しい楽器を習得するために多くの時間を費やし、大学のピアノで練習を重ねました。このような努力の積み重ねが、彼の音楽キャリアを支えました。

キダタローの人間性は、彼の音楽作品やエピソードを通じて多くの人々に愛され、尊敬されています。彼の誠実さ、家族愛、ユーモア、多才さ、そして努力と情熱は、彼を偉大な音楽家としてだけでなく、人間としても魅力的な人物にしています。

「フレッシュ9時半!キダ・タローです」のテーマ曲

番組の概要

「フレッシュ9時半!キダ・タローです」は、1973年6月1日から1989年3月31日まで朝日放送ラジオで放送されていたワイド番組です。この番組は、キダタローがパーソナリティを務め、多彩なゲストを迎えて放送されました。

テーマ曲

この番組のテーマ曲には、ダイナ・ショアの「Dear Hearts and Gentle People」が使用されました。当初、スタッフはキダタロー自身にテーマ曲を作曲するよう勧めましたが、彼は「自分には作れない」としてこの曲を提案し、採用されました。

番組の特徴

「フレッシュ9時半!キダ・タローです」は、さまざまなコーナーが設けられており、その中でも「くらしのダイジェスト」や「テレフォンクイズ」、「スーパー情報」などが人気でした。また、笑福亭鶴瓶との掛け合いもリスナーに親しまれていました。

この番組は、キダタローのユーモアと親しみやすさが詰まった放送であり、多くの人々に愛されました。

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