今日は11月7日いらいのマルガージェラート

今の時期にしては気温が高めでジェラートが溶けやすく、慌ててしまって写真とりそこね、食べかけ途中の写真にて失礼^^;

で、帰ってから引き出しの中ゴソゴソしてたらチョイと形の崩れた赤い羽根が・・・

毎年町内会の呼びかけで募金してるから、今回出てきた羽は最近のもの。
もちろんは我が家は毎年協力してるから毎年赤い羽根を受け取ってるのですが、いつの間にかどこかにいって無くなってるんですよね。
そしてふと思ったのが「赤い羽根共同募金の歴史は?みなさん受け取った赤い羽根はどうしてる?」などなど・・・考えてみたら募金に協力して赤い羽根は受け取らないのもアリですね。
共同募金運動はいつ、何のために始まったのか
赤い羽根共同募金(共同募金運動)は、第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に「国民たすけあい運動」として始まりました。第1回では約6億円の寄付が集まった、とされています。
その後、1951年の社会福祉事業法(現在の社会福祉法)で共同募金が法的に位置づけられ、現在は「地域福祉の推進」を目的に、地域のさまざまな民間団体や活動を支える資金として活用される、という枠組みになっています。
なぜ「赤い羽根」になったのか
第1回(1947年)は金属バッジが「寄付済みのしるし」として渡され、翌1948年(昭和23年)の第2回から「赤い羽根」が使われるようになった、と各地の共同募金会が説明しています。
アメリカで水鳥の羽を赤く染めて使っていた例にヒントを得て、日本でも赤い羽根が「たすけあい」などのシンボルとして採用された、という説明が示されています。
共同募金の仕組み自体は海外にも広がっていますが、シンボルとして「赤い羽根」を使っているのは現在は日本だけ、という説明があります。
「本物の羽根」は何の羽で、どうやって集まるのか
国立国会図書館のレファレンスでは、原材料がニワトリの羽根であること、良い羽は胸あたりの柔らかい羽で「1羽から120本くらいしか取れない」といった記述が文献(共同募金50年史など)にあることがまとめられています。
赤い羽根用だけの採取手順が細部まで公表されている資料は一般には見当たりません。ですが、食鳥処理には「放血→湯漬→脱羽」の工程があり、厚労省の手順書例では「羽毛は定められた容器に収納する」と明記されています。
このため、実態としては「鶏肉の処理で除去・回収された羽毛(副産物)から、用途に合う羽を選別して使う」と考えるのが整合的です。
いまは「羽根」だけではない:ステッカー配布も増えている
近年、赤い羽根の生産数が不足して十分な個数を用意できないとして、共同募金会が緊急対応で「ありがとうステッカー」を配布する、と告知している例があります。
受け取った赤い羽根は、みんなどうしているか
よくある扱い方は次の通りです(決まりではなく実態の傾向)。
・その場で胸に付けて帰り、帰宅後に外して処分(可燃ごみ)にする
・しばらくコートやバッグに付けて季節が終わったら外して保管し、後で整理して処分する
・記念として封筒や箱にまとめて残す
・子どもの工作や掲示物に使ってから処分する
・外してポケットやカバンの中で紛れて忘れる。
「返して再利用する」ような広く一般化したルートは、少なくとも公的な標準手順としては前面に出ていないため、現実には処分か保管に落ち着く人が多いです。
ヴィーガンの人は抵抗を感じる?
赤い羽根は基本的に「本物の鶏の羽」を使う、とされています。そのため、ヴィーガンに限らず動物由来素材を避ける立場の人にとっては、募金そのものとは別に「羽根を身につけること」に抵抗が出やすいみたいですね。
一方で、羽根不足などを背景にステッカー配布が行われる場合は、心理的なハードルが下がりやすい面があるようです。


