ジャニーズ

ジャニー喜多川氏による性加害問題はとことん追及すべきと思うけど、「ジャニーズ」という名称がこの世から無くなることについては何とも思ってません。

でもそうなったらジャニーズ事務所の社名の由来といなったグループ「ジャニーズ」の存在はどうなるのかな?ジャニーズという名称が使えなくなるのだから過去に大活躍したグループ「ジャニーズ」についてとりあげられなくなるのかな?

ジャニーズの存在は私が子供のころの記憶にハッキリ焼き付いており、その後もメンバーの一人であるあおい輝彦さんは今でも結構お気に入りだったりします。

1962年4月、ジャニーズは歌って踊れる男性アイドルグループとして結成されました。メンバーは真家ひろみ(1946~2000)、飯野おさみ(77)、中谷良(76)、そして青井輝彦(後の「あおい輝彦」=75)の4人でした。

あおい輝彦さんはグループ解散後の70年、テレビアニメ「あしたのジョー」(フジテレビ)の主人公・矢吹丈の声優に抜擢され、76年にはシングル「あなただけを」がミリオンヒットを記録しました。

また、映画「犬神家の一族」(76年公開)の佐清役やドラマ「水戸黄門」(TBS)では88年から12年間にわたり“助さん”こと佐々木助三郎役を演じるなど、その活躍は多くの人に覚えられています。

しかし、彼は元々アイドルだったのです。ちなみに、「青井輝彦」では堅苦しいという理由から、「あおい輝彦」に改名を勧めたのは、ジャニー喜多川氏(1931~2019)だと言われています。

芸能記者によれば、「あおい輝彦」は以前、東京・渋谷の代々木周辺に住む少年野球チームのメンバーでした。彼らを指導していたのは、当時アメリカ大使館で通訳を務め、在日米軍施設ワシントンハイツ(現在の代々木公園)に住んでいたジャニー喜多川氏でした。

少年野球チームはあまり強くなく、「ヘターズ」や「エラーズ」というニックネームで呼ばれていたそうですが、それでは格好が悪いということで、あおいが「ジャニーズ」に変えることを提案し、チーム名がジャニーズになったと言われています。

ある時、雨で野球の練習ができなくなったため、ジャニー氏は少年たちを映画「ウエスト・サイド物語」(61年公開)に誘いました。少年たちは映画に感動し、野球の練習はミュージカルの練習に変わりました。そして、選抜された4人のグループはそのまま「ジャニーズ」と名乗ることになりました。

ジャニーズが無くなることについてファンの中には悲しがってる人がいて、私は「ジャニーズが無くなってもどうでもいい」と思ってたのですが、フイにあおい輝彦さんのこと思い出して、チョイと心情が分かる気持ちも湧いてきましたよ🙄

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